抱樸 由来

 

ひとりの路上死も出さない

ひとりでも多く、一日でも早く路上からの脱出

ホームレスを生まない社会を創造する

この3つが、私たちの理念です。

私たちは設立から30年間、困窮者とともに歩んできました。

流れていく時代の中で、私たちがどう理念を守り、どのように活動してきたかを簡単にご紹介します。

 

私たちの活動のはじまりは、ホームレスの数量調査と、おにぎりをひとりひとりに渡していくパトロールでした。

ホームレスの支援団体自体が、まだ珍しかった1980年代

おんなじいのちを持った仲間たちが誰にも看取られないまま路上で亡くなっていく。数十年前は、北九州市もそんな実情でした。

パトロールから始まった私たちの活動は、拠点を設けての炊き出し活動、地方自治体への要望や、国への法律制定の働きかけに発展していきました。

ホームレスの方々への炊出しは、団体が立ち上がった時から30年続いている出会いと再会の場になっています。

 

2000年、私たちの調査で、北九州市の路上生活者が400人を超えました。調査を開始してから今までで1番多い数でした。

ただ食事を渡していくだけでは、根本的な解決につながらない。

必要なのは路上からの脱出。そして社会との関係性を、つなぎなおすこと。

2001年3月 八幡東区に「自立支援住宅」を設置しました。

これにより、居住と支援、両方の機能を併せ持った施設で、暮らしながら仕事を見つけ、路上から自立する事が出来る様になりました。

また、独居を開始してからも関係を切らさない支援の形である、サポート事業

元路上生活者の終の棲家「抱樸館」など

制度が十分でない中で、その人のニーズに寄り添い、様々な仕組みを作りました。その流れは今にもつながっています。

既存の支援制度だけでは、根源的な困窮に寄り添えない。

だから、制度の隙間を埋める為に、大きな家族のようなつながりを作っています。

 

最近では、「ホームレスを見る事は少なくなった」と言われます。

しかし、ホームレスとはなんでしょうか。物理的な住む場所「家」を失った人達でしょうか。

ホームレスの方たちが失っている、大きなもののひとつに、「つながり」があります。

私たちは、単に物理的な「家」だけではなく、関係性における「ホーム」を失っている人たちを広く「ホームレス」と認識しています。

無縁社会と言われる現代。

家や、血縁家族の中にあっても「ホームレス」でいる方々が多くいます。

ホームレスを生まない社会を創造するために私たちにできること。

たとえば、障がいを持った方々の就労の場である、就労継続支援事業所

仕事にブランクのある方等への就労準備支援事業

市を包括する困りごと相談

子どもの学習支援を入り口とした家族の包括型支援

刑務所等出所者を対象とした、生きなおしの支援

団体設立から30年、路上から始まった私たちの活動は、いま、その場所や対象を選ばず広がっています